人生の先輩

人生の先輩

今週も終わった。

週の初めは、個人的に仕事ですごくつらいと感じることがあって、その押し寄せる気持ちに負けそうになっていた。

それでも生活は続くわけで。

幸い私にはメンターとも呼べる中学からの唯一の古い友人がいる。

そいつの後押しもあって、思い切ってとある場所に足を踏み入れてみた。

場所の詳細は伏せさせてもらうが、そこはずっと気になっていた場所というかエリアだった。

 

私はずっと居場所が欲しかった。

家以外の居場所が。

家すらも居場所と思えなくなってから、やっとの思いで実家を飛び出し、数ヶ月が経った。

ようやく落ち着いて来たころ、心の中にポッカリと穴が空いてしまってような感覚に陥った。

やっと手に入れた居場所なのに、満たされないこの気持ちは何なんだろうか。

その空虚感は日増しに大きくなり、時にはすべてを投げ出してしまいたいと思う夜もあった。

ついぞ行動にも表れ、今の仕事に問題があるんじゃないかと転職活動を始めた。

そして1社内定がもらえそうな段階に差し掛かったときに、自分の心を見てみると空いた穴の大きさは全然変わっていなかった。

なんだ、原因は仕事じゃなかったのか。

やはり時には客観的な意見も必要で、私が信頼しているメンターこと友人に相談していく中で、この穴を埋めるものの正体を一緒に考えた。

 

それが“家以外の心地いい居場所”であり、“親友以外との適度な人間関係”という仮説。

今、私の生きている世界はとても狭すぎる。

その狭さに安心することもあれば、やはり窮屈に感じてしまうこともある。

もっと外に出ていかなければ!

心ではそう思っていても、持ち前のネガティブさと心配性が顔を出して前に進めない。

そんな自分を客観的に分析し、ともに扉を開けてくれた友人にはとても感謝している。(面と向かっては言えないので、当人が見ないであろうここに載せておく)

 

もちろんこれまでも居場所がなかったわけではない。

ライブ会場や、映画館など逃避の場所としてはあって。

でもライブも映画もあらかじめ決められた時間と場所に自分を合わせていくシェルターのようなもので、何度行ったからと言って、アーティストが私の顔を覚えてくれるわけでもないし、スクリーンから俳優が感謝を直接述べてくれるものではなかった。

もちろんそれらのエンターテインメントからもらえる活力は大いにある。

でもそれは、空いた心の穴を埋めるにはちょっと用法が違うというか。

鼻炎なのに目薬ばっかりさしているみたいな状態になっていた。

あと単純に毎日ライブや映画に行けるほど、金銭面と体力面の余裕もないというのもある。

 

居場所を求めて友人とともに足を踏み入れたのは、1人ではとてもじゃないがハードルが高くて行けないようなところだった。

行く道中の電車の中からソワソワしている自分が情けない。

駅までの道中に降られた土砂降りの雨に心を折られかけながらも、なんとか目的地のドアの前までたどり着いた。

数秒の躊躇のあと、思い切って扉を開けてみると……。

そこには煌びやかな世界が広がり、ゴージャスな人たちがお出迎えしてくれたーー。

 

……なんてことは、なく。

事前にサイトを見ていた通り、お洒落で落ち着いた空間が広がっていた。

まず最初の印象は、やたら暑いな?クーラー付けてないのか?でもまぁこんなものなのかなと思うなど。

その暑さの謎は数分後に解明されるものの、とりあえずは案内されたとおりにカウンターの端っこに座った。

開店直後に行ったにも関わらず、そこには先客が数人いらした。

ノンアルコールだけで済まそうかと思っていたが、場の空気に呑まれて1杯目はカクテルを注文した。

約1年半ぶりのアルコールは、なんだかジュースみたいで飲みやすかった。

チビチビとお酒をストローで吸っていると、私たちより1周り以上は上の人生の先輩がやってきた。

来るなり、慌てた様子で「間違えて暖房を付けていました、すみません!」と謝られ、急いで冷房に切り替えられ、回り始める送風機。

 

何を話したらいいのか分からず、流れているグッド・ミュージックに身を委ねていたら、先輩が話を振ってくれた。

初めて来たことを伝えると、そこからは何かのリミッターが外れたかのように(もちろん初めてだからという側面もあるだろう)、色々な話をしてくれた。

具体的な内容は伏せさせてもらうが、そのどれもがとても貴重かつ身近に感じる内容で、私の頬は緩み、一緒にいた友人も満足げな表情だった。

人生の先輩は思慮深く、決して勢いだけでは語らない奥ゆかしさがあった。

こちらの言葉も1言ったら10を分かってくれる人で、同時に話術のプロでもあるんだなとも思ったり。

そして何より、私みたいな思いを抱えている人間は、1人じゃないんだ。と思えたことが心強かった。

自分がお客さんとして100点の振る舞いができたかと言われればそうではないが、初めてにしては核心に迫るような話もできたように思う。

途中来店した2人組のお客さんとの交流もありつつ、ガチガチに緊張していた私の心は、少しずつ解けていった。

雛鳥が最初に見た大人を親と認識するかのように、私にとって新しい居場所の親はあの先輩にあたるのだろう。

ひとしきり話をして店を出た瞬間、達成感と安堵感が混ざったような妙な感情になり、自分でもこの感情をどう処理したらいいのか分からず困った。

それでも目の前の人が、私のことに興味を持って質問してくれる。

こちらからの質問にも真摯に答えてくれる。

そんなやり取りを続けているうちに、気が付くと空いていた心の穴が少し埋まっていた。

居場所としての候補が1つあるだけで、心はここまで安定するのか、とも思った。

定休日以外はいつでも数千円で駆け込める居場所。

この居心地のよさは、一度ハマったら抜けられないんだろうな、と思った。

そしてもうすでにまた行きたくなっている自分もいる。

 

新しいことに挑戦することは怖い。

でも1度扉を開ける勇気さえ持っていけば、なるようになるんだ、と実感した。

27年以上生きてきて、この世の全てを知った気になって絶望していた時もあったけれど、まだまだ私には知らない世界がたくさんある。

そろそろライブや映画など分かりやすいエンターテインメントにばかり逃避していないで、人々が成長する過程において行ってきた通過儀礼をするタイミングが来たのかな、と思った。

 

ありのままの私を好きでいて欲しいと願うのは、我儘なことなのだろうか?

これからも無条件で「いてよし!」と言ってくれる空間を、1つでも多く作っていきたいと思う。

そんな中で、素敵な人に出会えたらいいな、とも思った。

迷いながらも、私は私の旅を続けていく。その原動力をもらえた今後の起点となるような夜だった。

今から数年後の自分がどうなっているのかを思うとワクワクする。

自分にここまで期待したことが、今まであっただろうか?

この気持ちがある限り、私は前に進める。

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